「「敵に塩を送る」って良いことと思う?悪いこと思う?」ママ友が突然聞いてきました。

なんでもスポーツニュースで相撲の結果を見ているときに、「A山関は、B山関の傷めている足を攻めようとはせず結果、黒星。これは敵に塩を送ってしまいましたね。」とアナウンサーが言っていたのが気になったのだとか。


敵に塩を送る


日常では使うことは少ないけれど、スポーツやビジネスの世界では良く使われる言葉「敵に塩を送る」

「なんとなく…」ではなく「正しい意味 」を知らない言葉のひとつなんじゃないでしょうか。

言葉の雰囲気から「傷口に塩をすり込む」に近いかな?と思った人もいるかもしれませんよね。

というわけで、今回は「敵に塩を送る」の意味だけではなく、より記憶に残りやすいように語源や使い方もあわせて紹介します!

まずは意味と読み方から、一緒にみていきましょう。



敵に塩を送るの意味・読み方!


「敵に塩を送る」「てきにしおをおくる」と読みます。

意味は、「敵が苦しんでいるときに、あえて援助の手をさしのべること。」です。



対立する相手が困っているときに、それにつけ込んでやっつけようとするのではなく、あえて援助をする。

なんだか、カッコイイ言葉ですね。

しかし、なぜ援助することが塩を送るなのでしょうか?

そんな疑問を解決するために、次は語源をみてみましょう。


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敵に塩を送るの語源・由来とは?

「敵に塩を送る」の語源は日本史にあります。

「塩止め」についての逸話を紹介したいのですがちょっとわかりにくいので、今回は少しでも分かりやすい形で説明しますね^^

時代は戦国時代。

戦国時代とは15世紀末から16世紀末にかけて戦乱が頻発した時代のこと。

  • 桶狭間の戦い(1560年)で今川義元(戦国時代の駿河国・遠江国の大名)が織田信長に敗れ、毛利良勝(戦国時代~安土桃山時代の武将。織田家の家臣。)に討ち取られる。
  • 今川義元亡き後、氏真(うじざね)が家督を継ぐが今川家の衰退は進行して行く。
  • その様子をみて武田信玄は今川家を見限る。
  • 当時締結していた「甲相駿三国同盟」(武田・北条・今川の3家 3家は婚姻による義兄弟の関係)が1568年に破棄されることとなる。
  • さらに、武田信玄は今川家の領土である駿河(するが 静岡県)を攻め自分の領地としてしまう。
  • これに腹を立てた今川氏真は北条氏の協力を仰ぎ「塩止め」を行うことにする。
  • 塩止めとは、武田家は駿河から塩を賄っていたのだが、今川氏真は商人たちに武田家へ塩を売ることを禁じたこと。
  • 塩止めにより、武田家だけではなく海に面していない武田家の領地である甲斐(かい 山梨県)や信濃(しなの 長野県)の領民までもが苦しむこととなる。
  • 当時は食品を保存するためには塩が必要だったので、塩がなくては食べ物はどんどん腐っていってしまう。
  • 武田家も領民たちも食べ物がなくなりいわゆる、兵糧攻めとなり窮状に陥る。
  • 領民たちの窮状を見過ごすことができなかった上杉謙信が武田信玄の元へ日本海で作られた塩を送る。



という流れの逸話が「敵に塩を送る」の語源といわれています。

あれ、武田家の敵は今川家・北条家じゃなかった?上杉家って今は、関係ないんじゃないの?とと、あなたは思われたんじゃないでしょうか。

確かに「今」は直接対決をしているわけではありません。

しかし武田信玄と上杉謙信の両雄はこれまでに何度も合戦を繰り返しており、長年敵対する間柄だったのです。

そんな間柄にもかかわらず、上杉謙信は「命に関わる塩を止めるとは卑怯だ」と領民たちの窮状を見過ごすことができなかったのですから、さすが「義」を重んじるといわれるだけのことはありますね。

と、逸話では美談になっているのですが…事実は違います( ゚Д゚)


上杉謙信は、武田信玄に塩をプレゼントしたわけでではないんです!

越後(新潟県)の塩を売っていた商人たちを甲斐まで商売に行かせただけ。

しかも、相場よりも高い価格で塩を売るという商魂によるものだったのです

「塩止め」に関しては、上杉謙信にとっては武田信玄の自業自得に過ぎない出来事のひとつ。

決して、武田信玄を救おうとしたのではなく儲けようとしただけの話なのです。

それが、美談として伝わってしまったのです。


まぁ、たとえそうだとしても、武田家が上杉家に助けられたという事実は変わらないのですけどね。

その証拠に武田信玄が塩を送ってもらったことに感謝して、刀を一振り贈ったといわれています。

これは重要文化財に指定され、通称「塩留めの太刀(たち)」と呼ばれているんですよ。


敵に塩を送る

敵に塩を送るの使い方・例文!

さて意味と語源を理解したところで、次は例文を作っていくことにしましょう。

今日の会議で社長がこんな話をはじめました。

「天災の影響で材料供給が送れているA社。わが社には幸いまだ在庫があるんだし、A社へと材料を回そうと思う。みんなの意見はどうだろう?」

敵に塩を送るなんて...と一度は思ったものの困ったときはお互いさまという言葉を思い出し、賛成することにしました。


「今日の試合、T川が行った中学とあたったんだけどアイツ、アップの途中でスパイク靴紐が切れてしまったんだぁ。T川の中学は人数がギリギリだから代わりの選手もスパイクもない。だから、俺のを貸してあげた。」

いくら幼なじみとはいえ、息子は敵に塩を送るような事をしちゃったみたいです。

でも、チームメイトは誰一人怒らなかったって。



「敵に塩を送る」冒頭でもお話しましたがスポーツやビジネスの世界でよく使う言葉ですね。

ところで、あなたは「敵に塩を送る」行動をどう思いますか?

真剣勝負の世界なのですから、「何を甘いことを。」「きれい事言って。」なんて考えの人もいるのではないでしょうか。

しかし「敵に塩を送る」という行為は情けをかけるためや救うためなのではなく、相手とフェアな勝負を望んでいるからだという考え方もありますよね。

そう考えると「敵に塩を送る」すごく、粋な言葉ですね。


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まとめ

いかがでしたか。

「敵に塩を送る」の意味や語源・使い方をみてきました。

ここでちょっと「塩」のお話をしますね。

現代では当たり前のように家庭に塩がありますが、昔はそうではなかったんですよ。

人間が生きていくうえで欠かせない「塩」。ミネラル不足で神経が侵されるなんてこともあるそうですからとても大切なものですね。

岩塩がほとんどない日本では、昔は塩田を開きそこで塩を精製していたのです。

塩田とは大量の海水から水分だけを蒸発させ、塩を取り出すために用いられる場所および施設のことです。

と、いうことは沿岸部にしか田園を作ることはできません。

では、沿岸部以外の人たちはどのようにして塩を手にいれていたのでしょうか。

そこで出来たのが塩の産地より塩を運んでもらうための「塩の道」とよばれるルートです。

その「塩の道」を通ってやってきた塩と山間部の特産物とを交換して塩を得ていたのです。


また、「塩の日」というものも存在するんですよ。

1月11日なのですが、実はこの日が上杉謙信から武田信玄へと送った塩が到着した日といわれています 。

語源を知ったおかげで別のものの元ネタまで、す~っと入ってきましたね、

こうして、小さな繋がりをたどって慣用句やことわざを調べていく。

そんな調べかたも楽しんじゃないでしょうか。


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